「ひとつづき」



月のせいだと思う。
潮の満ち引きをなぞるみたいに私の中で欲望が高まって
理性ではどうにも抑えられない夜がある。
雌の身体は多分みんなそうなのだと開き直るしかなく、
こんな月の明るい夜は、どうしてもあいつのことを想ってしまう。

シカマルの手が好きだ。指が好きだ。男のくせにしなやかで綺麗な指、でもやっぱり男の手。
昔から男だ女だうるさい奴だったけれど、そういう関係になってみれば女として扱われるのも悪い気はしない。
任務で寝る男たちなんて、どれも自分の快楽を得るのに一直線だから、そんな風に大事に抱かれたのは初めてだった。
フェミニストだからなのか、だったら誰に対してもそうするのか、
頭を振って疑念を打ち消し、気持ちの良い部分だけを一生懸命思い出す。
じれったいくらいに何度もキスして、私が触れてほしい全ての場所に触れる。
宝物へと続く扉を一つ一つ丁寧に開くみたいでおかしい。おかしいけど、そのうちそんなこと言っていられなくなるのだ。
ああ、会いたい。
もう半年近く、あいつに触れていない。

離れていると、どうも余計なことを考えていけない。
かといって、近くにいたら私は安心していられるだろうか。
底がしれない自分の欲が、相手を食い尽くしてしまうのではないかと時々怖くなる。
三年の齢の差は、私にとって些細なようで大きいのだ。
いつだって三年分の未来を知っている私には、これから三年かけてシカマルが生きる間、私への想いが揺らぐ出来事なんていくらでも想像できた。
なんの匂いもしない乾いたシーツにくるまって、背中を丸める。薄い夜着一枚を透かして、青白い月の光が身体にしみこむ。
眠い、けど 眠れない。
ぼんやりと指折りみっつ数えて、よっつめの指を折った。
それからまた、眼を閉じて愛しい男の指を思い出す。
いつも触れられたいと願う場所に、自分でそっと触れてみる。
物理的な刺激は感じるけれど、頭は妙に冷めていて。中途半端な自己嫌悪。虚しさばかり残る。
あいつが触れたら、全然違うのに。

諦めて仰向けになり、窓の外の月を見上げる。
ほんとに、月がこんなに明るいと眩しくて眠れない。
木の葉で見る月は山の端や木々の葉の間に美しくぼんやり浮かぶのだけれど、砂漠の空にはそれしかなくて、余計に大きく見えた。
ふと、光に影がさした。雲ひとつない夜空に、光を遮るものは何もないはずなのに。
不思議に思った次の瞬間、ぞくりと寒気がして私の身体は自由を奪われた。
何が起こったのか理解できず、脳が必死に状況を整理しようとする反面、本能が確かに記憶していたあの感覚。
ああしまった、私はまた捕まったのか。

漆黒の影をまとって、シカマルが私に覆いかぶさっている。

「…何をしている?」
「何って…夜這いだけど。」
「そんな言い訳があるか。」
「だから、なんも言い訳はしてねえよ。」

確かに素直にそう言って、シカマルはゆっくり私の口を塞いだ。
術のせいではなかったのだけれど、私は大人しく抱かれて、同じように舌を絡ませた。

砂漠の夜は怖いくらい静かだ。砂がすべての音を吸い込んでしまうから。
濃い影に覆われて、しんと静まり返った室内に時計の秒針だけがやたらと響く。
それに混じって、わずかな息遣いと、布が擦れ合う音。
時計の針がかちり日付を越えて、ふとシカマルの動きが止まる。
「誕生日おめでとう」
気の遠くなるくらい長いキスをやっとやめた。
私の髪に顔をうずめて、表情は見えないけれど、首にぴたりとくっついた頬が熱い。
この男は、慎重なようでいて時々大胆不敵なことをやってのける。

シカマルの指がやさしく触れる。
髪をなでて、瞼を伏せさせて、唇、喉、鎖骨、夜着の合わせ目を割って、腹をくすぐるように滑っていく。
帯はとっくに、影の触手が解いてしまった。
腿を撫で、下着の端をめくった指先がそこでとまる。
少し行き来してから、
「ふぅん」
と、おもしろそうに口端で笑う。目を閉じていてもわかる、あいつが影の中でだけ見せる余裕のカオ。
「…テマリさん、今まで何してたの?」
「…知りたいか?」
うんと言ってシカマルが無防備に耳を寄せる。
答えるフリをしてすばやく耳朶に噛み付くと、影がびくんと一瞬引いた。
「ヒミツ、だ。」
私は笑って、シカマルは拗ねた。

声を殺していても、感じる度に身体が正直に啼く、。
指の動きは繊細で、手足を封じる影の力は恐ろしく強い。頭の芯が甘く痺れて、どうにかなってしまいそうだった。
思わず漏れた嬌声は舌で絡めとられた。
どうしてだろう、こんなに何かを求めたことなんてなかったのに。
この男の前でだけ、私はすごく欲深い。
どうしよう、崩壊する。それを望んでいるくせに、理性の欠片が悪あがきする。
どうしよう、もっと触って、奥まで入れて、感じてほしい。
いつもはぐらかしてばかりの答えを、ちゃんと感じて、わかってほしいなんて
私の我侭を、シカマルは叶えてしまうから
意地や決意や強がりなんて、簡単に見透かされて、逃げられなくて、泣きたくなる。


さすがに、いつものような余裕は二人ともなくて
激しく求め合って、すぐに私の空隙はシカマルで満たされた。
肩越しに見える月はまんまるで、じわりと幸せが溢れるのを感じながら
なんだか潮が満ちるみたいだなと思った。

危険は承知で、里の門外まで見送りに出た。
大門から見張りの砦まで、何も無い砂地にシミみたいな影がふたつ。
影を伸ばして手をつないで のんびり歩く。こんなところ、誰かに見咎められたら一大事のはずなのだが
暢気なシカマルの歩調に、ついつい私の緊張も緩んだ。昔の自分からは考えられない行動。
「誕生日、何が一番喜ぶかなって」
「で、会いに来たのか?」
「うん、しに来た」
言い終わる前にどつかれて数歩よろける。

どんな手を使って任務のスケジュールをやりくりしたんだろう
また悪知恵を絞って犬塚あたりを犠牲にしたかもしれない
めんどくさがりのくせに、やることはいつもとことん手が込んでいる。
愛されてる。馬鹿みたいに嬉しかった。

「けど、よかった。実は心配してたんスよ。」
「何をだ?」
「だって誕生日の夜だし。部屋に行ったら別の男がいたりしたら俺どうすっかなって。」
私の目は見ずに、横顔で気を引く素振り。
「ああ、そうか」
「うん?」
「一人で淋しい夜に、代わりの男と寝るというのは思いつかなかった。今度試してみるか」
「……」
そんな妙案があったなんて本当に頭を掠めもしなかったのだから、私は相当この男に入れ込んでいるらしい。
が、そんな弱みは伏せておかなければ。
「心配なら半年も放っておかずに、こうやって足繁く通ってくることだな」
シカマルは困った顔でうーんと鼻の頭をかく。
「どうかなぁ。アンタの誕生日だから特別ってことになってんすよ。」
そう言った目線を辿ると、砦の麓でカンクロウが手を上げたところだった。
なるほど道理で。
考えてみればいくら特殊な術者といっても、一介の中忍風情の侵入を許したとあれば大失態だ。
里入りを手引きした共犯者がいたというわけか。

シカマルはカンクロウに二言三言からかわれて、じゃあまたなと瞬身した。
偵察任務で小隊が国境近くに野営しているのを抜けてきたらしい。用意は周到である。

「カンクロウ」
「どうだったじゃん、誕生日の逢瀬は」
「ありがとな」
「ま、持つべきものは理解ある弟じゃん」
「それでな、来月の22日なんだけど…」

カンクロウは呆れたような複雑な面持ちで、黒頭巾の猫耳を垂れた。
だってしょうがないだろ。ひと月経てばバイオリズムがまた一周してしまうんだから。
身体がきっと思い出して、任務も手につかなくなるかもしれない。
姉さんがそうなったら、お前だって困るだろ?

そうして私は、砂の上に点々と残ったシカマルの足跡を消しながら、一人で部屋に戻る。
自分を抱くようにして身体に顔をうずめると、さっきまでの熱と匂いが残っていて胸が鳴った。
これは…消さずにとっておいてもいいかな。
夜明けまでまだ少し間がある。
続きを夢に見たくて、熱っぽい瞼を閉じた。






お粗末様でした orz